hosikage4132の日記

思考の赴くままに

昼寝を邪魔されて始まった、私と宗教勧誘の3時間

私の家には宗教がなかった。

 

幼稚園はカトリック系だったが、小さすぎて何も覚えていない。高校はプロテスタント系で、礼拝や聖書を読む時間はあった。しかし、それは信仰ではなく、読書や知識として触れていただけだった。

 

だから私は、特定の宗教を信じることも否定することもなく、ただ「無宗教」のまま生きてきた。

 

一方で、宗教そのものには興味がある。

 

キリスト教やイスラム教の歴史や教義を読むのは好きだ。信じるためではなく、人はなぜそう考えるのかを知るためである。

 

そんな私が、一時期だけ宗教と深く関わることになった。

 

きっかけは、昼寝だった。

 

関東で一人暮らしをしていた頃、昼寝をしていると玄関のチャイムが鳴る。

 

宗教の勧誘だった。

 

最初は迷惑だと思った。

 

せっかく寝ていたのに起こされたのだから当然である。

 

そこで私は考えた。

 

「どうせ起こされたんだから、最後まで話を聞いてやろう。」

 

まずは相手の説明を一時間ほど黙って聞く。

 

途中では口を挟まない。

 

何を信じ、何を根拠にしているのかを理解するためだ。

 

そして話が終わったら、

 

「ここが分からないのですが。」

 

と、一つずつ質問していく。

 

教義の前提、論理の流れ、矛盾に思えた点。

 

一つ解決したら次。

 

また次。

 

気が付けば三時間近く議論していたことも珍しくなかった。

 

もちろん、私は改宗する気など最初からない。

 

相手を怒鳴ったこともない。

 

ただ、昼寝を邪魔されたので、代わりに徹底的に話を聞き、疑問を聞いただけである。

 

今思えば、かなり変わった対応だったと思う。

 

しかし、不思議なことに、田舎へ引っ越してからは、そのような勧誘に遭うことはほとんどなくなった。

 

地域性もあるのだろう。

 

私は今でも宗教を知識として学ぶのは嫌いではない。

 

だが、「信じてください」と勧められることと、「知識として学ぶこと」は全く別だ。

 

私にとって宗教は、信仰の対象ではなく、人間を理解するための一つの題材なのである。

 

 

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